東京高等裁判所 昭和53年(ネ)119号 判決 1978年6月29日
控訴人 甲野太郎
控訴人 甲野花子
被控訴人 藤枝イツキ
右訴訟代理人弁護士 服部光行
同 鈴木辰行
同 阪岡誠
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
原判決当事者の表示中「被告 藤枝イウキ」とあるのを「被告 藤枝イツキ」と更正する。
事実
控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人らに対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四三年九月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加、訂正するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 主張
1 被控訴代理人は、消滅時効の抗弁を補足して、次のとおり述べた。
仮に控訴人らがその主張するとおり不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとしても、その請求権は、遅くとも昭和五〇年七月一七日ころには、時効により消滅した。
すなわち、控訴人らは、昭和四六年六月一五日静岡地方裁判所に、世界救世教の解散命令の請求をしたが、右事件における控訴人らの主張に照らし、控訴人らは、遅くとも昭和四七年七月一八日ころまでには、その主張に係る損害及び加害者を知ったものと認められるので、それから三年を経過した昭和五〇年七月一七日ころには消滅時効が完成したものというべきである。
2 控訴人らは、被控訴人の消滅時効の主張はすべて争うと述べた。
二 証拠《省略》
理由
一 《証拠省略》によれば、控訴人らの長女亡甲野春子(昭和二六年一一月二〇日生。以下「亡春子」という。)は腎臓疾患のため、昭和四三年五月二九日から尼崎市内の医療法人関西労災病院に入院加療中のところ、同年七月二〇日ころ以降、同人の中学時代の同級生であった訴外山川一夫ほか世界救世教喜光教会○○支部所属の信者ら数名から同教への入信を勧められ、同教の根本教義の一つである「浄霊」と称する祈とうを主とする儀式(信者が対象者に対して、その身体に接触しないで手をかざしながら祈とうすることにより、対象者の霊と身体を浄化し病気を治ゆさせるとするもので、一種の心霊療法である。)を受けるようになったこと、右春子は、間もなく同教に入信して病気を治そうと考えるに至り、同年八月六日に右病院から退院して世界救世教に入信し、同月一五日から西宮市○○町所在の右○○支部長谷木つき子方(同支部の事務所)に宿泊して浄霊を受けていたこと、右春子は、退院後医師による治療や投薬を受けず、専ら信仰の指導と浄霊を受けていたが、同年九月に入って病状が悪化し、同月九日死亡するに至ったこと、以上の各事実を認めることができる。
二 被控訴人が昭和四三年当時宗教法人世界救世教の教主であった事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、亡春子の死亡当時施行されていた世界救世教の教規、規則においては、教主は世界救世教を統一し、教務を統裁する地位にあること、教主は教義及び祭儀を定め、祭儀をつかさどるものであること、教主は管長(代表役員の別称)その他の役員、教会長、教師等の任免権を有すること、教会は世界救世教に包括されるものであること、教会は教義を宣布し、定められた祭儀を執行し、浄霊を行うことが定められていた事実、浄霊は世界救世教の根本教義のうちでも最も重要なものの一つであり、布教上最も重要な手段とされていた事実を認めることができる。
しかして、《証拠省略》によれば、控訴人甲野花子は、昭和四三年八月八日から同年一〇月三一日に至る間前記喜光教会に入会して同教の信者となり、また、控訴人甲野太郎は同年八月三〇日ころから同年九月九日に至る間同教に入信して実質的に信者に準ずる地位にあった事実を認めることができる。
三 控訴人らは、一に認定した亡春子の死亡が前記訴外山川一夫及び同谷木つき子の共謀による不法行為の結果であるとし、被控訴人は世界救世教の教主たる地位にあったから、右一夫及びつき子の行為につき共同不法行為者として損害賠償の責めに任じ、また、右つき子の行為につき使用者として損害賠償の責めに任ずべきであると主張する。
被控訴人は、仮に控訴人らが被控訴人に対し不法行為による損害賠償請求権を有するとしても、その請求権は時効により消滅したとして、民法第七二四条前段に規定する消滅時効を援用するので、まず控訴人らが主張するような損害賠償請求権が発生したものと仮定して、その時効完成の有無について検討することとする。
四
1 《証拠省略》によれば、控訴人甲野太郎が、前記山川一夫の所為につきその父山川雄一は未成年者の監督義務者としての責めに任ずべきであるとして、同人を被告として尼崎簡易裁判所に提起した損害賠償請求事件につき、被控訴人主張の日にその主張するとおりの各判決があったこと、昭和四五年一〇月一五日の提訴から昭和四八年七月九日の上告提起(控訴人甲野太郎は、同日提出した上告状に上告の理由を記載している。)に至るまでの訴訟の各段階において、控訴人甲野太郎は、前記一夫の行為による春子の死亡について述べるとともに、世界救世教の実態についても主張し、随所において同教の機関誌栄光の記事等を引用して、喜光教会を含めた同教自体に対する攻撃の論を展開していること、そして右事件についてなされた第一、二審の判決は、前記一に認定した事実関係はこれを認めながら、あるいは一夫の行為と亡春子の死亡との間の因果関係を否定し、あるいは一夫の入信勧誘等の行為は宗教的活動に属し違法性を欠くとして、いずれも控訴人甲野太郎の請求を理由がないと判断したものであること、以上の事実を認めることができる。
2 次に、《証拠省略》によれば、控訴人らが神戸地方裁判所に申し立てた世界救世教喜光教会の解散命令請求事件につき、被控訴人ら主張の日にその主張するとおりの各決定があったこと、控訴人らは、昭和四五年一二月四日の申立書提出から昭和四九年六月六日の大阪高等裁判所の決定に至るまでの各段階において、亡春子の死亡に至る具体的事実の経緯とともに、喜光教会は世界救世教の被包括団体であるところ、同教の幹部、信者は病人を浄霊に誘い込む狂信集団である等世界救世教及びその幹部等に対する非難を繰り返していること、そして右事件についてなされた各決定はいずれも控訴人らの申立適格を否定してその請求を不適法としたが、第一審の決定は、職権による判断として、前記一に認定した事実を認めた上、喜光教会の信者による浄霊の宣伝等の程度、態様にはいささか行きすぎの点がないではないとしつつも、なお解散を命ずべき事由があるとは認められないとし、抗告審の決定は、前記谷木つき子及び信者らの行為に違法性があるとは解し得ないから、解散を命ずべき事由がないとしているものであること、以上の事実を認めることができる。
3 更に、《証拠省略》によれば、控訴人らは、2に述べた事件におけると同一の理由により、昭和四六年五月一九日静岡地方裁判所に世界救世教の解散命令を請求するに至ったこと、控訴人らは、右申立ての理由として、前記喜光教会○○支部の包括団体である世界救世教は、浄霊を根本教義とし、その発行する出版物において浄霊の効果を誇大宣伝していること等について述べ、救世教が浄霊と祈りをもって医療類似の行為をすることは、医師法に違反し、又は公共の福祉を害することが明らかであり、また、同教が教義として近代医学による医療や医薬を拒否すること及び浄霊の効果を誇大宣伝して世人を欺まんしていることは、宗教団体の目的を著しく逸脱するものである旨を主張していることが認められる。
五 被控訴人が援用する民法第七二四条前段の消滅時効は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者の両者を知った時から進行する。そこで、右消滅時効が進行するためには、まず、被害者たる亡春子の法定代理人であった控訴人らにおいて損害を知ったことが必要であるが、同人らは、前記認定の事実関係の下では、亡春子の死亡を知ると同時か、又は遅くとも控訴人甲野太郎において前記四の1の損害賠償請求の訴えを提起した昭和四五年一〇月一五日までには、亡春子の死亡の結果とともに、その結果を発生させた加害行為として前記訴外山川一夫、同谷木つき子その他の信者らの行為を認識した(その認識が客観的に正しいものであるかどうかは別問題として)ものと推認すべきである。
次に、右消滅時効が進行するためには、加害者すなわち賠償義務者を知ること、つまり本件では、控訴人らにおいて、被控訴人が世界救世教の教主たる地位にあったところから、同人が損害賠償請求の相手方となし得べき者であることを認識したことが必要である。
ところで、《証拠省略》によれば、世界救世教が昭和四六年六月から同年一二月に至る間に発行した機関誌その他の出版物においては、当時一般の新聞、雑誌等に掲載された同教に対するひぼう記事の背後にあるものとして、控訴人らの申立てに係る前記四の各事件のことが取り上げられ、同教の教主である被控訴人は、これらの非難、攻撃に対する信仰的結束を呼び掛けている事実が認められ、これに前記二に認定したとおり、被控訴人が世界救世教を統一し、その教義を定める等の地位にあり、また、控訴人らが一時は同教に入信した後棄教するに至った事実、控訴人らの提起した訴訟事件等の経緯が前記四に認定したとおりであり、控訴人らは、随時同教の出版物に掲載された記事を引用して、向教に対する非難攻撃を反覆している事実を総合すれば、控訴人らは、遅くとも静岡地方裁判所に世界救世教の解散命令を請求し(前記四の3)、かつ、尼崎簡易裁判所において損害賠償請求事件(前記四の1)の第一審判決があった後である昭和四六年末までには、控訴人らにおいて、被控訴人を、本訴における請求原因として主張するように、前記訴外山川一夫及び谷木つき子の行為に加担した者として、又は右つき子の行為につき使用者としての責めに任ずべき者として認識したものと推認すべく、控訴人らは、その認識したところに従い、損害賠償請求の相手方として被控訴人を特定することが可能であり、同人に対して損害賠償請求権を行使し得ることを知るに至ったものというべきである(被控訴人の地位から見て、そのような帰責事由が客観的に存在するとすべきかどうかは別問題である。)。
以上によれば、仮に控訴人らが被控訴人に対し、控訴人らの主張するような不法行為による損害賠償の請求権を有するとしても、その請求権は、昭和四六年末から三年間これを行使しないときは、時効によって消滅するものであるところ、控訴人らにおいて本件訴状を原審裁判所に提出して本訴を提起したのが昭和五二年一一月七日であることは、記録上明らかなところであるから、被控訴人の消滅時効の抗弁は理由がある。
六 よって、控訴人らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるとして、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用し、なお、原判決当事者の表示中「被告 藤枝イウキ」とあるのは「被告 藤枝イツキ」の誤記であることが明白であるから、これを更正することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡本元夫 裁判官 貞家克己 長久保武)